連休ボケで2日間、ブログの更新をさぼっております・・・しかしながら心機一転お弁当作りです。頑張りますよ、って、誰に言ってるのこれ?
変わり映えしないかもしれませんが、見た目より手が掛っております。特に鶏肉。「みそ漬け3日間の刑」に処しております。ひとつ試食してみましたが、なかなか美味でした。味見して頂けないのが至極残念・・・・。
カレースープは昨夜の残り。玉ねぎとキャベツをベースにして割としっかり(2晩位)煮込んでおります。最初のためネギとキャベツは溶け込んだので、再びフライパンで炒めた物を追加投入してみました。これ又試食致しましたが、インドン人もビックリの味です(おいしいとは言ってませんよ)。それぞれ頑張って作ったつもりですが、お弁当としてのバランスには自信がありません。愛妻が喜んでくれれば、これ以上のうれしい事はないんですけど。
「大暴落 1929」(日経bp)読み終わりました。最近読んだ本の中ではダントツに面白く読めました。著名な経済学者が書いたロングセラーです。その内容は経済書というより、歴史書、もっといえば、 不変の人間模様を描いた「物語」として読めます。本書が刊行されたのは、1955年ですが、50年以上経過した現在でもその魅力は、少しも褪せていないという事は言えるように思いました。題名からもわかるように、世界恐慌自体は今から80年前の出来事ですが、この種の危機に直面した時の、人々の言動には大きな違いはないということが、本書の面白さであり、同時に恐ろしさでもあると思います。
今回の金融危機に際しては80年前の大恐慌と比較されることが多いですが、80年前の事柄を正確に検証した書物は存外少ないのではないでしょうか。その数少ない1冊が本書ではないかというのが、読書後の第一の感想です。そして「1929」後も、大恐慌と比肩される経済的危機があるサイクルことに起こるわけですが、本書はその危機ごとに思い出され、埃をかぶった本棚から取り出される1冊なのでしょう。そのこと自体がかなり示唆的ですが、その魅力の一端を知って頂く為に本書の中からいくつかの言葉を抜き出してみます。
・まったくの後知恵だが一九二九年がああいう年になったか理解するのは簡単である。(中略)株式市場はブームに沸いていたが、どんなブームもいつかは終わるということである。
・FRBの持っている武器の中で、いちばん結果を予測できないのが言葉である。ひとつまちがえればおぞましい結果を引き起こしかねない。しかも責任者をはっきりと名指しできるから、発言者は確実に血祭りに上げられるだろう。というわけで、一九二九年初めには、FRBの中でも慎重な理事にとって文字通り沈黙は金となったいた。
・ミッチェル(ナショナルシティバンク会長)は一役かって出ることを決意した。「われわれはマネー・マーケットにおける危機を回避する義務がある。この義務はFRBによる警告その他に優先すると考えている」(中略)ミッチェルの言葉は魔法のように効いた。相変わらずFRBは沈黙していたが、今度は誰も不安には感じなかった。沈黙は、FRBがミッチェルの手腕に屈したことを意味するからである。
・一九二〇年代後半に投機のために考案された仕組みのうち、何よりも特筆に値するのは、投資信託、正確には会社型投資信託である。(中略)しかし投資信託の登場で、企業が発行する株や社債の額を既存の資産の額から完全に切り離せるようになる。
・中には悪い投信もあることはかろうじてであるけれども、認識されていた。(中略)だが二九年にはこのような警告が発せられても、多くの人は聞く耳を持たなかった。
・たとえばプリンストン大学のローレンスはあまり注目されなかったが「証券取引所と呼ばれるあのすばらしい仕組みでは、何百万の投資家の評価が株価に反映されている。この人々の一致した判断によれば、現在の株価は行き過ぎではない」と指摘。さらに「聡明なこの数百万の判断を否定する資格を備えた全知全能の人間がどこにいるのだろうか」と付け加えている。
・(暴落が明らかになった一九二九年十一月になっても、ハーバード経済学会は)「一九二〇年~一九二一年のような深刻な不況が起こる確率は無視できる程度に過ぎない。企業の破綻が相次ぎ、それが長引くような事態は考えなくてよい」と断言した。そしてこの見方を会自体が破綻するまで持ち続けたのである。
・市場で話されることの大部分は、昔もいまも往々にして実態とかけなれているものだから、よく気をつけなければいけない。そもそも人間は知っていることばかり話すのでもなければ、知らないことばかり話すのでもなく、知っているつもりだがじつは知らないことを話すことが多い。
・深刻な不況の襲来に市場が突如気がついたから暴落が起きたと一部では言われているが決してそうではない。(中略)およそどんなきっかけからでも崩壊するというのが、投資ブームの性質だからである。
・一九二九年の大暴落の際立った特徴は最悪の事態が、じつは最悪ではなく、さらに悪化し続けたことである。
・かつてそうだったように、現在でも金融上の判断と政治上の配慮は逆方向に働く。(中略)そこで、たとえ将来に禍根を残すとしてもいまは何もしないでおこう、ということになる。(中略)このような考え方に陥るからこそ、事態が悪化していると知りながら、人はあの言葉を口にするのだ、 状況は基本的に健全である、と。
いくつも、抜き出してみましたが、もちろん違いはあるものの、いくつかの固有名詞を変えれば、「昨日のCNNでも同じことを言っていたような・・・」という事柄もあります。またこの種の危機にさしての人間心理や、行動様式には大きな違いがないということを改めて認識したことが本書から学んだことです。しかし喉元過ぎれば熱さ忘れる、のことわざにもあるよう、この認識を持ち続けることは、案外難しいことなんですよねえ・・・
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