9月28日の主夫生活~今週の2冊目(通算4冊)~
本日は日曜日。当然主夫に日曜日は関係ありませんから、愛妻の指導(命令?)の下、掃除に励みます。一段落ついたところでコーヒーを淹れてブレークタイム。その間を利用してブログの書き込みを致しましょう。「今週の2冊目」ということで、いつものように読書ノートから転載させていただきます。
シズコさん 佐野洋子 (新潮社 2008・4)
再び佐野洋子のエッセイを。
「役に立たない日々」(朝日新聞社)を皮切りに佐野洋子の著作を何冊か手にした。イラストレーターからキャリアをスタートさせ、絵本作家、童話作家、エッセイストという経歴も知った。彼女に関して言及する場合、絵本「百万回生きたねこ」が代表作と紹介されることが多い。しかし私にはその良さがよく分からなかった。童話については「みちこのダラダラ日記」1冊だけしか読んでいないが、これは存外良くて、彼女の本領はこのジャンルで一番発揮されているのではないかと思う。それでも「佐野洋子」の名を世間に知らしめているのは間違いなく、そのエッセイである。私にとっても「エッセイスト」としての佐野洋子が一番身近であるし、たくさんのエッセイ集が出版されていている。文庫も数冊あるので手に取りやすいということもある。
ところで現在70歳を迎えた彼女は50歳前後から本格的にエッセイを書き始めたようであるが、初期の作品は彼女らしさが出ているものの、その出来栄えにはかなりばらつきがある。悪く言えば書き散らしているような印象で、少なくともエッセイ集の出版を前提とした書き方ではない。初期のエッセイ集を最初に手にしていたら、次はなかったと思う。だから「役に立たない日々」が最初であったのはラッキーだったかもしれない。
さて「シズコさん」である。「シズコさん」とは2年前に亡くなった母親の名である。、痴呆症となった母の介護を通おして、過去からの母に対する愛憎を綴ったのが本書である。佐野洋子は長年母親との確執に苦しんでいたのだ。皮肉な書き方をすれば佐野洋子にとって家族のこと、特に母親や父親ことを取り上げることは「お約束」というか「売り」である。だから彼女のファンならその題名をみれば内容がある程度予測できると思ってしまう。しかしその出来栄えは我々の予測を軽く超え、はるか上を行く。過去のエッセイ集とは全くレベルが違う。現時点において彼女の代表作は「シズコさん」であると思う。
彼女の魅力は何より文章の文体(スタイル)にある。そしてそれは佐野洋子が「絵を描く人である」という事と無関係ではないと思う。彼女は意識はしていないかもしれないが、「絵を描く」ように「文章を書」いているのではないだろうか。彼女の文章は一文一文が短く、時にはあれこれと話題が変わって時には焦点があわず、めまぐるしく感じることがある。実はこれは誤解なのである。彼女の中心に注がれる視点は全く動いていない。本書で言えば、遠景・近景・接写と描き分けるながらも、真中にはいつも「シズコさん」がいる。そして出来上がったその「絵」には「シズコさん」だけが浮かび上がるわけではない。まるであぶり出しのように作者である佐野洋子自身が浮かび上がってくるのだ。
最後の数ページにおける佐野洋子の独白を涙なくして読むのは難しい。もちろん泣けたからと言ってよい作品であるとは言えない。ある意味では人を泣かすのはあまり難しくないかもしれない。しかしそこでの「シズコさん」に対する佐野洋子の言葉は特別だ。その一言一言が我々の心に沁み渡る。佐野は母に謝り、そして母を許した。言葉を廻らし、考え抜くことで、佐野洋子はこの境地に達したんだと思う。母親との関係だけでなく、肉親、夫、妻との関係に思い悩んでいる人にも佐野の言葉に是非とも耳を傾けてもらいたい。新たな視点が得られるのではないかと思う。
いつものように長々と引用してしまいました。転載と言いながら、添削しながらなので、思いの外時間が掛ってしまいました。そろそろ夕飯の支度に取り掛からなければ。それではまた。
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